事務局への寄付金

私が、先に差し込まれた親書を引き抜いたときに、まだ起きていることがわかったのだろう。そのままドアの前で親書を読んでいる気配がする。タイミングを見計らって、次の封筒を差し込む。完壁である。私は、その封筒を事務局を通してお返し願ったのだが、「変な難癖、つけないでくれ!」と、あくまでもしらを切ったそうである。結局、事務局への寄付金として預った。その日から、私と彼らとの戦いは始まった。本当は、力を合わせて一緒に「生活産業館」を創りあげていかなければならない同士のはずなのに。静かだったのは、一回目の会議だけだった。あとはもう、アルミの灰皿はUFOのように飛び交うわ、テーブルを乗り越えて、他社の担当者につかみかかろうとするものはいるわ、大騒ぎである。もちろん、全部が全部というわけではなく、私と同様、唖然と成り行きを見守っている会社もある。そんな会議が連日延々と続いた。生田先生は、パビリオン建築の設計に掛かりきり。全体設計のプロデューサーである浜口先生にも泣きついたが、先生は先生で、別途担当していた「政府館」で火がついたように忙しい。もう、全然収拾がつかないので、私もほとほと疲れ果てた。しかし、人間とは恐ろしいもので、慣れてくると、そんな喧喋のなかでも眠れるようになってしまう。さっきまで、別の人にスピッツのようにほえていた人が、突然矛先を変えて「天野先生、聞いてなーい!寝るナー!」と、突っかかってくる。それが、例の封筒の会社の人だったりして、「どこかから、いくらか貰っているんだっ!」とヒステリックな声で叫ぶ。