電報作戦

「いったい何をやらかしたの?」と心配しいた。投函した辞表は、まだ届いていないはずである。やめると知ったら、もっとうるさくなるていた・だろう。案の定電話はひっきりなしに鳴りひびいた。私は、電話のコードを壁からブチッと引き抜いて(当時まだモジュラーではなかったから、あとで妹にこつぴどく怒られた)、ベッドに潜り込んだ。げっそりとやせて帰ってきた兄が、死んだように眠り続けるのを心配した妹は、目覚めると、重湯がたっぷりのお粥をつくってくれた。風呂にも入らず、歯も磨かず、トイレとベッドの往復生活をす兄。それでも妹は、毎食お粥をこしらえてくれた。肉厚の梅干しで食べたお粥のうまさは、いる兄。いまも忘れられない。電話が通じないとわかると、今度は電報作戦である。「スグモドレスグカエレ」「タダチーーデンワシロ」「シリョウシキュウモドサレタシ」。何を言ってるんだ。資料は全部会議室においてあるじゃないか。そう言ってやりたかったが電話がない。一週間近くも休んだだろうか。妹の心づくしのお粥でだいぶ気力を取り戻しつつあった。このままほっといたら、本当に告訴されるかも知れない。「○月○日ノ会議二出席シナイ場合ハ、然ルベキ措置ヲ取りマス」という内容の、最後通告も来ていた。あの銀行から出向していた事務局員だ。「なにくそっ!」と起き上がって、洗面所で久しぶりに鏡を見たら、「おっ、誰だ」という顔になっていた。顔の下半分が、真っ黒の髭におおわれていたのである。これは、いいかもしれない。